ペルーの砂漠に描かれた巨大な絵、ナスカの地上絵。2000年以上も前に作られたのに、今でもくっきり残っています。一体なぜ?その秘密を探ってみましょう。
消えない理由、5つの秘密
雨がほとんど降らない
ナスカの地上絵が消えずに残っている最大の理由は、その地域の気候にあります。ナスカ砂漠は世界でも最も乾燥した場所の一つで、年間降水量はわずか数ミリメートルしかありません。雨が少ないということは、地上絵が雨で流されたり、浸食されたりする心配がほとんどないということです。
日本では梅雨の時期に一日で100ミリ以上の雨が降ることもありますが、ナスカではそれが一年分の雨量なのです。雨具を持ち歩く必要もないほどの乾燥地帯です。この極端な乾燥状態が、地上絵を長年にわたって保護する役割を果たしています。
また、乾燥していることで、地面に植物が生えにくいという利点もあります。植物が生えてしまうと、その根っこが地面を掘り返してしまい、地上絵が崩れてしまう可能性があります。しかし、ナスカではそのような心配もありません。
特殊な土壌の性質
ナスカの地上絵が長持ちする二つ目の理由は、その土地の特殊な地質にあります。ナスカ砂漠の地表は、鉄分を含む赤褐色の石で覆われています。地上絵を描く際には、これらの石を取り除き、その下にある白っぽい土壌を露出させることで図形を形成しています。
この方法によって、対照的な色のコントラストが生まれ、地上絵がはっきりと浮かび上がるのです。さらに、この地域の地表は硬く固まっており、風による砂の移動が少ないため、地上絵が消えにくいという特徴もあります。
白っぽい土壌は石灰質を含んでおり、湿気と反応するとセメントのように硬化する性質があります。これが風化を防ぎ、地上絵の形を長期間保つ要因となっています。また、地表の小石は長年の太陽光によって酸化し、黒く変色しています。これにより、白い土とのコントラストがさらに際立つようになっているのです。
砂が積もらない気候条件
三つ目の理由は、砂が積もりにくい気候条件です。砂漠というと砂嵐を想像しがちですが、ナスカ砂漠は少し特殊です。ここでは、石や岩が混じる独特の砂漠が広がっています。
風が吹いても、大量の砂が舞い上がって地上絵を覆ってしまうようなことはありません。また、地上絵が描かれている場所は比較的平らな台地になっているため、風の影響を受けにくいのです。
さらに、昼夜の温度差が大きいことも地上絵の保存に一役買っています。日中は40度近くまで気温が上がり、夜は0度近くまで下がることもあります。この温度差により、地表の石が膨張と収縮を繰り返すことで、地面が硬くなり、風化に強くなるのです。
野生動物がいない環境
四つ目の理由は、意外なことに野生動物の少なさです。ナスカの地上絵には鳥やアルパカ、サル、クジラなどの動物が描かれていますが、これらはナスカの土地には実際には生息していない動物たちです。
これらの絵は他地域との交流が反映されたものと考えられています。ナスカ地域には人々が住んでいましたが、野生動物による地上の荒廃はほとんどなく、多くの地上絵が現代まで保存されています。
大型の野生動物がいないということは、地上絵が踏み荒らされたり、掘り返されたりする心配がないということです。また、小動物による被害も最小限に抑えられています。
人々による保護活動
最後の理由は、人々の努力による保護活動です。ナスカの地上絵は、発見されてから約100年が経過しました。1939年にアメリカ人考古学者ポール・コソックが動物の図形を発見したことがきっかけです。
ポール・コソックと共に研究に取り組んだドイツ出身のマリア・ライへは、地上絵の保護に尽力したことで知られています。マリア・ライへは自分の資産を使い、ナスカの地上絵の研究と保護に生涯を捧げました。
その成果の一つとして、「ミラドール」という20mの高さの観測塔を建設しました。これにより、地上から地上絵の全体像を観察することができるようになり、保護活動にも役立っています。
1998年に95歳で亡くなったマリア・ライへの後、ペルー政府は地上絵周辺への立ち入りを制限しました。2015年には、ペルー文化省と山形大学の「ナスカ地上絵プロジェクトチーム」との間で、地上絵の保護と学術協力のための特別協定を締結しました。
この協定により、山形大学チームだけがナスカ地上絵への立ち入り調査を許可されています。ナスカ地上絵の発見以来、研究者による保護活動が絵の保存に大きく貢献しているのです。
地上絵の描き方、意外と簡単?
「種まき応用法」とは
ナスカの地上絵の描き方には、主に二つの方法があると考えられています。一つ目は「種まき応用法」と呼ばれるものです。この方法は、農作業の種まきの技術を応用したものだと言われています。
複数の人たちが横並びになって、歩幅を合わせながら前進していきます。歩幅によって距離を測定しながら、均等に絵を描いていくのです。この方法は、比較的小さな地上絵を描く際に使われたと考えられています。
例えば、直線や単純な幾何学模様を描く場合、この方法が効果的です。人々が一列に並び、一定の間隔を保ちながら歩くことで、まっすぐな線や正確な形を描くことができます。
しかし、この方法には限界もあります。50メートル以上の大きな地上絵を描くのは難しいのです。そこで、もう一つの方法が考案されました。
「拡大法」で大きな絵を描く
二つ目の方法は「拡大法」と呼ばれるものです。この方法は、より大きな地上絵を描くのに適しています。まず、地上絵のモデルとなる原画を小さく描きます。その原画を元に、さらに大きな絵を描いていくのです。
具体的な手順は次のようになります。まず、モデルの絵に支点となる木棒を打ち込みます。次に、拡大したい長さの紐と、絵を描くためのもう一つの木棒を取り付けます。この方法を使えば、原画とまったく同じ比率の線を大きく描くことが可能になります。
驚くべきことに、この方法を使えば小学生でもナスカの地上絵を描けるそうです。しかし、拡大法にも限界があります。紐を真っ直ぐ張った状態でなければ描写できないため、200メートル以上の地上絵を描くのは難しいのです。
200メートルを超える巨大な地上絵の詳しい描き方は、今でもはっきりとはわかっていません。これらの巨大な絵がどのようにして描かれたのかは、まだ謎に包まれているのです。
地上絵の目的、いろんな説があるよ
カレンダー説
ナスカの地上絵の目的については、さまざまな説が提唱されています。その中の一つが「カレンダー説」です。この説によると、地上絵は古代の人々が天体の動きを観測し、農業のための暦として利用していたというものです。
ナスカの地上絵を構成する直線の中には、意図的に太陽と星の動きを表しているものがあると言われています。例えば、冬至や夏至の太陽の位置を示す線があるそうです。これらの線を使って、古代の人々は季節の変化を知り、農作業の時期を決めていたのではないかと考えられています。
しかし、この説にも疑問点があります。もし地上絵が単なるカレンダーだったとすれば、なぜあれほど大きな絵を描く必要があったのでしょうか。また、動物や植物の絵は、カレンダーとしてどのような役割を果たしていたのでしょうか。これらの疑問に対する明確な答えは、まだ見つかっていません。
雨乞い儀式説
二つ目の説は「雨乞い儀式説」です。ナスカは地球上で有数の乾燥地帯です。そのため、古代の人々は雨を求めて地上絵を描いたのではないかと考えられています。
地上絵の中にはクモを描いたものがあります。クモは多くの文化で雨を象徴する生き物とされています。また、古代ナスカ人が雨乞いの儀式に使っていたとされる貝殻(エクアドル産)が地上絵周辺で多数発見されているのです。
この説は、ナスカの人々の切実な願いを反映しているように思えます。雨が降らない土地で農業を営むことは非常に困難です。そのため、人々は神々に雨を求めて、大地に巨大な絵を描いたのかもしれません。
しかし、この説にも疑問が残ります。なぜ雨と関係のない動物や植物の絵も描かれているのでしょうか。また、幾何学的な模様は雨乞いとどのような関係があるのでしょうか。これらの疑問に対する答えは、まだ見つかっていません。
水源を示す地図説
三つ目の説は「水源を示す地図説」です。ほとんど雨が降らないナスカでは、地下水に頼って生活する必要がありました。そのため、水脈や水源を示す目印として地上絵を描いたという説があります。
この説によると、地上絵の線は地下水脈を示しているとされています。また、動物の絵は水が得られる場所を示しているのではないかと考えられています。例えば、鳥の絵は地下水が地表近くにある場所を示しているかもしれません。
確かに、水は生活に欠かせないものです。特に乾燥地帯では、水源の位置を知ることは生死に関わる重要な情報です。しかし、この説にも疑問が残ります。なぜ水源を示すのに、あれほど巨大で複雑な絵を描く必要があったのでしょうか。また、幾何学的な模様は水源とどのような関係があるのでしょうか。
意外と知らない!地上絵の新発見
AIで見つかった新しい地上絵
ナスカの地上絵の研究は、最新の技術によってさらに進化しています。特に注目されているのが、人工知能(AI)を活用した新しい地上絵の発見です。
山形大学の研究チームは、IBM研究所と共同で、AIを使って航空写真を分析する新しい方法を開発しました。この方法により、これまで人間の目では見つけられなかった新しい地上絵が次々と発見されています。
2024年9月の発表によると、この方法で新たに303個の地上絵が発見されました。これにより、既知の地上絵の数はほぼ倍増したのです。AIの活用により、発見率が16倍に向上したと言われています。
新しく発見された地上絵の多くは、「面タイプ」と呼ばれる比較的小さな絵です。人間や動物、幾何学的な模様などが描かれています。これらの絵は、平均して約9メートルの大きさで、これまで発見が難しかったものです。
AIの活用により、地上絵の分布や特徴についての新しい知見も得られています。例えば、人間や家畜を描いた絵は、ナスカ台地の北側に集中していることがわかりました。一方、南側には幾何学的な模様が多く見られます。このような分布の違いは、地上絵が描かれた時代や目的の違いを反映している可能性があります。
AIによる発見は、ナスカの地上絵の研究に新たな可能性を開きました。今後も、AIを活用した研究が進むことで、さらに多くの地上絵が発見される可能性があります。また、既知の地上絵についても、新たな解釈や理解が得られるかもしれません。
地上からも見える?新しい見方
ナスカの地上絵といえば、上空から見ないと全体像がわからないというイメージがあります。しかし、最近の研究では、地上からでも地上絵を見ることができる可能性が示唆されています。
山形大学の研究チームは、地上絵の一部が丘の斜面に描かれていることに注目しました。この斜面に描かれた絵は、地上から見上げることで全体像を把握できる可能性があるのです。
例えば、「ウロコアリクイ」と呼ばれる地上絵は、丘の斜面に描かれています。研究チームが実際に現地で検証したところ、地上から見上げることで、絵の全体像をはっきりと確認することができました。
この発見は、ナスカの地上絵の目的や意味について、新たな視点を提供しています。もし地上から見えるように意図的に描かれたのだとすれば、地上絵は単なる天体観測や神々への祈りだけでなく、地上の人々に向けたメッセージだった可能性もあります。
また、この発見は観光の面でも注目されています。これまでナスカの地上絵を見るには、小型飛行機に乗って上空から観察するか、展望台から一部を見るしかありませんでした。しかし、地上から見える地上絵があるとすれば、より多くの人々が直接地上絵を体験できる可能性が広がります。
ただし、地上からの観察には課題もあります。地上絵の保護のため、むやみに近づくことはできません。今後は、地上絵の保護と観光の両立を図りながら、新しい観察方法を検討していく必要があるでしょう。
地上絵が消えそう?今後の課題
気候変動の影響
ナスカの地上絵は2000年以上もの間、驚くほど良好な状態で保存されてきました。しかし、近年の気候変動がこの貴重な文化遺産に影響を与えつつあります。
気候変動の影響で、ナスカ地域の降水量が増加しています。これまでほとんど雨が降らなかったこの地域に、突然の豪雨が発生するようになったのです。2009年には、数十年に一度の大雨により、地上絵の一部が損傷を受けました。
雨による直接的な損傷だけでなく、雨水の流れによる浸食も問題となっています。地上絵が描かれている台地の周辺部分が浸食されることで、地上絵自体が崩れる危険性があります。
また、気温の上昇も地上絵に影響を与えています。気温が上がることで、地表の乾燥が進み、地面にひび割れが生じやすくなっています。これらのひび割れは、地上絵の形を崩す原因となる可能性があります。
さらに、気候変動による植生の変化も懸念されています。これまで植物がほとんど生えなかった地域に、新たな植物が生育し始める可能性があります。植物の根が地面を掘り返すことで、地上絵が損傷を受ける恐れがあるのです。
観光客による損傷
気候変動と並んで、観光客の増加も地上絵の保護にとって大きな課題となっています。ナスカの地上絵は、ユネスコの世界遺産に登録されていることもあり、世界中から多くの観光客が訪れています。
観光客の増加は、地域の経済にとってはプラスの面もありますが、地上絵の保護という観点からは問題も生じています。例えば、2018年には、トラックの運転手が立ち入り禁止区域に侵入し、地上絵の一部を損傷させるという事件が起きました。
また、小型飛行機からの観光も問題となっています。上空から地上絵を観察するために、多くの小型飛行機が飛んでいますが、これらの飛行機が排出する排気ガスが、地上絵の劣化を早める可能性があります。
さらに、観光客の増加に伴い、周辺地域の開発が進んでいることも懸念されています。ホテルや道路の建設が、地上絵の保護区域に近づいてきているのです。
これらの問題に対処するため、ペルー政府は様々な対策を講じています。例えば、地上絵周辺への立ち入りを厳しく制限し、観光客は決められた場所からのみ地上絵を観察できるようにしています。また、地上絵上空の飛行ルートも制限されています。
しかし、観光と保護のバランスを取ることは簡単ではありません。地域の経済発展と文化遺産の保護を両立させるためには、さらなる工夫と努力が必要となるでしょう。
まとめ
ナスカの地上絵は、乾燥した気候や特殊な土壌、そして人々の努力によって2000年以上も保存されてきました。しかし、気候変動や観光客の増加など、新たな課題に直面しています。これらの課題に対処しながら、この貴重な文化遺産を後世に伝えていくことが、私たちの責任です。ナスカの地上絵は、古代の人々の知恵と技術を今に伝える貴重な遺産であり、その保護と研究は今後も続けられていくでしょう。